|
|
| スポンサーサイト |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
|

| オペレーション |

バイクで出かけると自然と写真を撮る枚数が増える。
iPhoneのカメラの画質がなかなか良いというのも一つの原因かもしれませんが。
さて、そろそろサボりとかではなく理由ありきで更新が途絶えそうなので
その前に一度更新をしてきましょうかね。
理由ありきと言いましたがその理由というのも火曜日から入院するため
更新が止まりそうなのです。(病院でPC持ち込めるのでしょうか?
何故入院をするのかといいますとそれは手術の為であり
何故手術をするのかといいますとそれは病気の為であり
何の病気であるのかといいますとそれは腫瘍的なものであり…
腫瘍というワードが出てくると「もしかして癌?」などという風に憶測が
先走ってしまう人もいるかもしれませんが御心配なく。
別に癌なんてものではなくて。所謂悪性ガンではなくて。
単に骨が膨らんでいるというそれだけのことなのです。
まぁ実を言うと私も一体いつからこのような状態になっていたのかと言われると
それはもう明確な時期を他者に説明することは出来ない程に記憶が希釈されるくらい前、
2年なのか3年なのか、まぁ○年前というオーダーで話せるくらい前から
私の左足の薬指は腫れあがっていました。膨らんでいました?
指の付け根から第一関節のあたりまでが目測で約3倍程度に膨張。
痛み無し。麻痺無し。可動に際する問題も無し。
いつだったかこの指の腫れに気付いた私が下した判決は放置でした。
基本的に体のあらゆる体調不良は放置で治ってきていたので今回も例の如く、と。
じゃぁなんで今更になって病院で手術なんてするんだよ?と、話は続きます。
これもまた約1年ほど前の話…?
光陰矢の如しとは言いますが、最近はもう矢の飛んでいく速さなんて
軽く超えてしまって第一宇宙速度くらいにはなっているんじゃないでしょうか?
とにかく時間が経つのは遅いですが時が流れるのは物凄く早いのです。
そのせいで〜〜頃の、といった話をするのは苦手になりつつあります。
まァそれはさておき。
とにかく以前、単車で自宅マンションの駐輪場で立ちゴケした時のことです。
駐輪場の通路は狭いので倒れそうになった時にとっさに足を着くスペースもなく
大抵の場合、足を着いても遠くに足を伸ばせないのでそのまま倒れてしまいます。
ガッデムマイバイク。ファッキン駐輪場。
過去に4回倒しています。立ちゴケはマジでやり場のない怒りに拳を握りますね。
ともあれそんな過去の立ちゴケ第3回目の話。
結構勢い良く左足を着いて踏ん張ったのですが、体勢が悪くあえなく立ちゴケ。
まぁ勢いは殆ど殺したおかげでバイクに傷は付かなかったので
そのままバイトへ向かいました。
【バイト中】
左足が若干・・・痛い?
【バイト終了】
左足が痛いような気もする…。
【友人とスポッチャ(8時間)】
ボールが蹴れないくらいには足が痛い気がする…。
…左足の指が痛いのです。
まぁ実はコレ、以前にもあったんですよね。
友人と海に行って、ジェットスキーというものに乗せてもらったときなんですが
ジェットスキーから振り落とされて海にダイブしたときのこと。
この時に痛みが続くので病院に行ってみると…折れてました、骨が。
というか折れてるって言われましたが正直分かりません。
一度に3本の骨を骨折するというなかなか素敵な体験をした事のある私。
レントゲン写真は今まで大抵折れてる部分がキチンと見えたのですが
今回は正直分かりませんでした。
というか骨が膨らんでいる、と言う事しか分かりませんでした。
私「なんか膨らんでますよね」
医「そうだね」
私「なんですかこれ」
医「腫瘍だね」
私「腫瘍。」
医「うん。」
私「どうするんですか?」
医「別に取ってもいいけど、取らなくてもいいけど、どうする?」
私「取らなくてもいいなら面倒なので良いです。」
医「そっか、じゃぁ湿布だけはっとくね」
私「ていうかもうこの病院には来たくないので。」
後から聞くまでもありませんでしたが華麗なまでにヤブ医者だそうな。
誰に聞いてもヤブという反応以外帰ってこないとかある意味凄い。
擁護する声が10人くらいに聞いて一つもないという。
まぁそんな感じで放置しました。
なんせ膨らんで骨が薄くなってるから折れやすいだけ、と
言われたので別にそれだけならいいかなって…。
で、話はバイクでの立ちゴケに戻りまして。
今回も痛みが続くので病院に行くと案の定折れてるっぽいらしく。
そしてこのときは前回とは別の病院に行ったんですが、CTスキャンやら
色々された揚句、私の通う大学の擁する大学病院に行くことになり
腫瘍シンチ?とかいうのを受けて結局腫瘍は切った方が良いね、という話へ。
でまぁ大きい病院特有の待機時間の長さで今の今になってようやく
入院→手術へと到達しました。鈍間ってレベルじゃねーぞ!!

件の腫瘍さん。薬指付け根です。
皮膚とか肉じゃなくて骨が腫れてここまではっきりするんですねぇ。
何年か放置してたせいで無くなったらそれはそれで違和感ありそうです(笑)
というわけで明日から入院です。
病院で更新できたら更新しますね〜。
|

| 四国最恐? |

屋島の文字が刻まれたバイク用グローブ。
鹿革で出来てるため非常にしなやかな手触りと柔軟性。
1万4千という額を出したのには軽い抵抗があったけれども
そういうものなんだろうと納得しておくことに。
別に屋島と刻んであるからといって私の地元愛が
とても強い、なんていう事ではありません。えぇ本当に。
さて、前回更新から少し間が空きましたがこれまでの更新状況を
鑑みるにまだまだマシなほうだと思って頂けると有難い。
一応こんな私ですが大学生ですので、学生の本分というやつを
こなしておかないと体裁的に辛いところがあるのです。
まぁつまるところ期末試験のための勉強をここのところ
せっせとやっていたので更新できなかったという所が実情です。
せっせとやっていたと言っても友人の家に集まって
ひたすらにダラダラ勉強をしていた、というか正確には
"勉強をしていた?"
といったところなんですが、一応実験レポートもギリギリ
全て提出でき、一発留年という崖っぷちから何とか立ち戻った次第です。
試験に関しては…出席状況がひど過ぎて一部受けられない
試験なんて言うものもありましたが、受けた試験に関しては
多少の手ごたえを感じています。
とりあえず更新停止のお話は置いておいて貯まったネタを
逐一消化していこうと思います。
中村トンネル(旧立石トンネル)
香川県に在住の方なら一度くらいはこの名前を聞いていても
おかしくはない、と言う程にはそこそこの知名度を誇るこのトンネル。
新立石トンネルが開通してからはここを通る人はまず居ないと言っていいほど
人の通りは少ないです。
ではなぜこんなところが有名なのか?と言われたらそれは
心霊的現象に所以するものと相場が決まっています。
立石トンネルの南側に細い脇道があるのですが、入口はともかく
この道を進んでいくとどんどんと道幅は狭くなっていき、車で行けば
両サイドの草木でボディに小キズがつくこと間違い無しな幅になります。
そんな道を進んでいくと突然目の前に現れるトンネル。
そう、これが中村トンネルです。

今回ここに行ってきた、というのが話のネタ。
事の発端は大学の友人が突然
「中トン行こうぜ!!」
なんて言いだしたのが始まりです。
明日ちょうど時間もあるし授業が終わったら2人で凸しよう、と
そんな感じで殆ど思いつきで決めた予定だったのですが、その翌日。
約束をした友人は授業に出席しませんでした。
連絡を取ってみると
「もしもし、今日なんで学校来なかった。中トンは?」
「あー…メンドくなっちゃった☆」
「」(#^ω^)ビキビキ
この友人、結構な割合で事を起こす直前になって
めんどくさくなった、と言出だすことが多いのです。
私としては完全にく気満々だったので
仕方ない…独りで行くか…と、単身で愛車:Joker50に跨り
中村トンネルへ向かったのです。
実は以前バス釣りスポットを探すべくあの一帯を散策したことがあったので
中村トンネルへ通じる道はすぐにわかりました。
草木でトンネルのようになった狭い道を走っていくと上の画像のように
本当にぱっと現れるように視界に移る中村トンネル。
まだ日の落ちないうちに行ったものの、流石に香川最恐と言われるだけあって
そこそこに雰囲気というものがあります。
ちなみにこのトンネルの手前には

こんな感じのコンクリ塀で囲われたスペースがあります。
これは一体何なのかと言うと、最恐の所以たるお地蔵様が祀られていた場所です。
今はいたずら防止のために新立石トンネルの手前に設置場所を移されていますが
以前はこの場所に安置されていたそうです。
なんでもこのお地蔵様が笑っていると帰りに事故に遭うやら
地蔵の入った社の扉が開いていたら無事にトンネルを出られないetc...
とにかく中村トンネルの霊障の大半はこの地蔵が原因だとか。
そのおかげで私が行ったときは心霊スポット的な価値はかなり減少
してしまっていたのですが…まぁ気にしないでおきましょう。
ちなみに画像はないのですがこのすぐ隣にはトンネル着工時に
人柱の代わりにトンネルの壁に牛が埋められた?なんていう噂と共に
「牛乃墓」なるものも草木に埋もれつつですがあったりします。
まぁそんな前置きはさて、一旦バイクを置いて中へ。

入口1m付近まではコンクリートで舗装されていますが


さらに進んでいくと中はゴツゴツとした壁に変わります。
そう、この中村トンネルは手掘りのトンネルなのです。
なんでも竣工時期は不明で100年以上前に作られたトンネルだとのことで
そんな手掘りのトンネルが現在もその形を殆ど変えずに、尚且つ僅かとはいえ
いまだに利用されているという事実は、そこそこの歴史的価値があるそうです。
しかしそれはあまり知られておらず大した扱いは受けていないとか何とか…。
結局トンネルを抜けても何も起こらず、バイクを取りに往復してみましたが
何事も起こらずに終了。まぁ昼間ですし、雰囲気があるとはいえ…^^;
流石にソロで夜中に突撃する勇気はありませんので画像はここまで。
というか北側の道は道もせまくぐにゃぐにゃと曲がりくねっているので
単純に心霊的な要因抜きに転倒とかで事故に遭いそうな気はしますね。
ちなみにそんな真夜中の中村トンネルに凸している人は結構いるようで
真夜中のトンネルの様子については「中村トンネル」で検索してもらえれば
ここに私が挙げた画像より数段上の雰囲気を醸し出す中村トンネルの
画像が見られると思いますので、興味がある方は是非どうぞ。
さて、それでは今日はこの辺で。
続きはコメント返信
[READ MORE...]
|

| 新しい家族 |

今年のTetraのカレンダーは格好良い!!
ここ最近では久しぶりのファミリー追加。
ファミリーといっても勿論マフィアでも極道でもありません。
というか私がマフィアでも極道でもありません。
そんな久しぶりに増えたファミリーの御尊顔をとくと見よ!!

どうですかこの愛らしい顔!!
って、見えない? 仕方ないですね…少し時間的には迎え入れた時から
ズレテしまいますが別の時に撮った写真をお見せしましょう。

白い体にピンクのエラという可愛らしい少女趣味全開なカラーリングの
イメージが強いですが、ブラックカラーのウーパールーパーです!!
いえね、以前からまた飼いたいな〜って思ってたんですよ。
中学3年の頃にも飼っていたんですがそいつらは病気でお亡くなりになって
それから長いこと飼ってはいなかったんですけれども、夏休みの終わりごろに
大学の近くにあるペットショップでウーパールーパーのベビーが売られてるのを
見て久しぶりに購買意欲が湧きましてね…
まぁ久しぶりとかいうのは実はバリバリの嘘ぴょん、で
実際は他の動物も欲しいな〜、とは思っていたんです。
というかそうでないと餌を買いに来る以外でペットショップには
来ないんじゃないでしょうか?
…といいつつ、用もなく私は行ってるんですが\(^o^)/
そんなわけで\2980-というリーズナブルな価格で購入したうーぱー。
実は購入した2週間前は6匹くらいいたウーパーがその翌週に行くと
2匹になっていて給料日直前に慌てて売約した、なんて話にも成らない話も
あったりもしましたが、それはさておき。
話の流れ的には購入したのは夏の終わり頃のようになってますが
実際はその時は欲しいな、と思っただけでベビーの入荷が終わってしまい
「また来年にするか…」とか思っていたのですが11月の終わり頃に
たまたま同じ店で売ってものを購入したので話の時系列は一気に夏の終わりから
11月に飛びます。
というかお迎えした日が11月の30日なので実質12月に飛びます。
ようやく12月…と、言っても2月になったのでまだ時系列的には現実と開きがありますが
話すべきネタも結構消化したのでそこはすぐでしょう。
しかし以前飼っていたのは白色黒目のリューシスティックというカラーで
まぁおそらく皆さんがウーパールーパーと聞いて真っ先に思い浮かべるカラーです。
で、今回ブラックは初めてだったんですが…

かっ、可愛過ぎる!!!!!!!!
なンつー破壊力だ…この少し抜けた顔にフサフサ水に揺れるエラ…
正直堪りません。
まぁこれだけ私が可愛いと思っても結構な割合の人が
「え・・・いやちょっと…グロいわぁ・・・」
と、地味に傷つく反応をしてくれるのが両生類・爬虫類の哀しいところなんですが
実際に悲しんでるのはグロ呼ばわりされてる彼らなんですよ!(切実
飼い主の私も傷つきますけどねミ☆
最初の写真とすぐ上の写真では撮った時期が違うので後者は
だいぶ成長しています。
というかこのての生物は餌をしっかりやって環境を整えてやると
物凄い勢いで成長しますからね。


水温低めでエアレーションして、多少の流れがあるとエラがふさふさに
育ってくれるような気がします。
昔は底砂を敷いてましたが、今回はベアタンク(底に何も敷かない)で飼うことに。
流木に関してはぶつかって怪我をするので入れない方が良いという人もいますが
自然界で考えたらそんな過保護に環境が出来てるわけもないので気にせず入れてます。
まぁあからさまに怪我してるとかなら撤去しますが今のところ問題ない様子。
さっきは自然界で考えたら〜、とは言いましたが実は野生のウーパーは
絶滅の危機があるものとしてワシントン条約、俗に言うサイテスというもので
保護されていて、捕獲や飼育が禁止されているんです。
じゃぁ飼ってて捕まらないの?ってなりますが、捕まりません。
今現在日本にいるウーパーはほぼ100%と言っていいですが養殖です。
養殖というと語弊があるかもしれませんが、ウーパー自体は遺伝の研究やらで
実験動物、研究対象として盛んに繁殖が行われているので
それが市場に流れているので、野生のウーパーを保護する条約には
引っかからないんですね。
なので自然なんてものをまったく知らずに何世代も生きてきた
このウーパー達に今更になって自然環境では云々〜というのは
少々杓子定規かもしれませんね。
と、明日は早いので今日はこの辺にします。
消化してるとか言って全然ネタの消化が追いつかない\(^o^)/
続きはコメント返信
[READ MORE...]
|

| セイゾンホウコク |

先日のツーリングの話だけだとまだ私が生きているという
確証に至らないかもしれないので改めて生存報告。
ひょっとするとツーリングの記事は既に亡きものとなった私の遺品を
整理していた家族がこのブログを見つけて更新したとか……ないな。
ツーリングの記事だと夏あたりまでしか私の動きが分からないはずなので
これはどちらかというと生存報告と銘打ってあるだけの近況報告になります。
タイトル詐欺なんてどこの業界でもよくあることですよね、うん。
まぁ軽く時系列を追って話を進めていきますと、あのツーリングが終わってからは
ピザ配達のバイトをそこそこ頑張りつつ(大体130〜140時間/月)
のんびりしていました。
個人的に記憶によく残っているのはカクテルパーティー。

上手い具合に全員そっぽを向いているので加工の手間が省けた
友人が昔働いていたバイト先の方が関係者とかでチケットを売ってくれたとかで
誘われましたので私と友人2人で参加することに。ちなみにチケットは5千円。
一応こういった場でのマナーなんかは知っていましたがいざ参加するとなると
経験値が0だったので多少なりとも緊張しました。
俺らみたいな学生風情がこんなとこ来ていいのかな…みたいな。
最初の挨拶では有名な県議員の人なんかが挨拶したりしてました。
基本的に飲み放題の食べ放題でしたが、食べ物に関しては新しく持ってこられては
すぐ無くなっていました。それでも食べるには問題ないくらいですが。
友人の知り合いの人のところに行くとテキーラをショットで渡されました。
「まったく!悪い子たちだ!」とか言いながら笑顔でショットグラスを渡された時は
どっちが悪い子なのか一瞬判断できませんでしたが、よくよく考えると
やっぱり悪い子がどちらなのかは明らかでした\(^o^)/
結局そこではショットで2杯飲み、少し話して他のブース?へ。
友人はショット5杯飲んで完全にグロッキーに。
結局それ以外に6,7杯ほど飲みましたが、どこのお酒も美味しいですね。
名前は忘れましたがラムベースのヤツが美味しかったなぁ…。
ところで最初に5千円で購入したチケットにはナンバーが入っていまして
宴の終盤に抽選会があり、チケットのナンバーがそこでの持ち番号になるというわけです。
で、お酒も回りだしてほろ酔い気味でいると友人が私の肩をばしばし叩いてきて
「お前の番号当たってる!今呼ばれてるやつじゃん!」
とか言われて、よくよく聞いてみると確かに呼ばれているのは私の番号。
結構な人数の中、ステージに出向くのは普段なら気恥ずかしく感じるものですが
そこはやはり酒の席。ステージに行く足取りも軽いです。

いただいた景品はそこまで高価なものではないですが
竹鶴の12年。欲を言えば17年とか21年とかが…w
ともあれ飲んだ量と食べた量、景品の値段を考えると5千円のチケットは
余裕でお釣りが帰ってくるような値段でしたし、あんな場出る機会は
なかなかないので良い体験になりました。
そういえば…あれ?友人がいなくね?
宴の後、そこには便器とお友達になっている友人の姿が…。
友人「ショットは…ショットはダメだろ…。」
さて、約800kmほどを走った私のSRXですが購入から約5000km?程走っていて
走行距離が9000kmに乗っていました。
おおよそのバイクのエンジンオイルの交換時期は3000kmに1回くらいだと
言われているので、交換時期としてはもうとっくに適正時期を過ぎていました。
バイク屋さんでオイル交換をやってもらってもいいのですが折角なので
自分でやってやろう!というわけで、オイル交換に必要な道具を揃えに買い出し。
エンジンオイル1L缶×3、オイルフィルター、ソケットレンチ、六角レンチ
メガネレンチ、その他数点を購入。
廃油は普通には捨てられないので、缶に貯めて
GS(グリーフシードではなくガソリンスタンド)に持っていって処分してもらうか
市販の廃油ポイ?に油を吸わせて燃えるゴミとして出す、などの方法で
捨てないといけません。今回は後者を選択。
購入した道具を持っていざバイクの置いてあるマンションの駐輪場へ。
汚してはいけないので新聞紙を下に広げて、バイクの下に廃油ポイをセット。
よーしパパオイル交換しちゃうぞー^^ と意気揚々とソケットレンチを
ドレンボルトに嵌めて勢いを入れて回します。…回し…回…ま…フンッフンッ!!
ボルト回らNEEEEEEEEEEE!!!!!!
いや…はっ?え?マジで回らない、足でけってもハンマーで殴っても…
私のSRXはドライサンプ式と呼ばれるエンジンでして詳しい説明は省きますが
とにかくエンジンオイルを排出するドレンボルトというものが2つあります(普通は1つ)
私はまずはオイルタンク側のボルトを外そうとしたのですがこれがひらかない。
とすると、もう一方を回してもし開いてしまった場合、オイルタンクのオイルが抜けなくて
オイル交換が出来なくなってしまうことに…。
私「ふっ・・・強情な奴だ、今日のところはこの辺で勘弁してやろう…。」
意訳 (帰ろう。)
結局このままオイル交換をすることなく夏休みは終了し大学では
後期授業が開始されたのでした…。
そして思い出したかのように12月。
そうだ、オイル交換しよう(2回目)
しかし回らないドレンボルトをどうするか、ですが
ここは理系、理系らしく物理学を使って開けてやろうじゃないか!!
というわけでホームセンターへ行ってステンレスのパイプを購入してきました。
そしてこれをソケットレンチの持ち手の部分に突き刺し、持ち手の部分を延長。
そう、こうすることで中心部にかかるモーメントの力を一気に稼ぎ…
まぁ小難しい言い方をしましたが要するに"てこの原理"ってやつです。
しかし偉大かな、てこの力。
私が指の皮を剥いてまで(回す時に手が滑って擦っただけ)回せなかった
ドレンボルトが一瞬で緩む!
コイツ・・・動くぞ・・・!!

とにかく硬いのは最初だけなので一度回り始めてしまえば
後は手でも回せるようなもの。
クルクルと回していくと…

栓になっていたドレンボルトごと勢い良く飛び出てくるエンジンオイル。
流石5000kmも走っただけあって真っ黒です。
まぁそこまで走っていなくても黒くはなるんですけどね。
貯まったオイルからドレンボルトをサルベージ。

オイルまみれになって非常に汚かったのでウエスでしっかり拭きます。
ちなみにドレンボルトに着いているドレンワッシャー(輪っかのようなもの)は
ボルトを閉めるときに潰れて密閉性を高めるというものなので、使用したものは
既に潰れてしまっているという前提ですのでこれはオイル交換毎に、厳密には
ボルトを外す度に交換することになります。まぁ数100円程度ですので。
ちなみにもう一方のエンジン下部にあるクランクケースのドレンボルトは
マフラーやらフレームの奥まったところにあるので普通に開けるとその部分が
廃油まみれになってしまいます。
そこでもはや、伝説上の存在、噂のみの存在などと言われている純正工具の「オイラー」です。
SRX純正車載工具と言っておきながら大半のSRXオーナーが見たこともないという一品。
用は先程のボルトを開けた際にオイルでフレームやらが汚れないように
オイルの流れる向きを変える、いわゆる「樋」というやつです。
まぁ私も大半のオーナーに同じくそんな幻の一品は所持していないので
牛乳パックをカットしたもので代用。
続いてオイルフィルターを交換。

元々は山吹色に近い色をしていたであろうはずのオイルフィルター。
取り外したものを見てみるとこちらも真っ黒に。
こちらは元あったように凸部分を奥に向けて差し込んで交換完了。

オイルを抜いたので今度は新しいオイルを入れていきます。
今回は無難にYAMAHAの純正オイルを使用。
次回からは評判の良いオイルなんかを使ってもいいかもしれませんね。
それにしても入れる前のオイルは綺麗なのに出てきたオイルを思い出すと…。
よくエンジンオイルは人間でいうところの血液だ、と比喩的に言われますが
実際にあそこまで色が変わっていたら余裕で召されてますよね。
エンジンオイル交換時は2.4L、オイルフィルターも交換した場合は2.5Lを入れます。
本当はオイルレベルゲージなんかを見ながらちょくちょく調整しながら入れるのが
普通の入れ方なのですが、SRXはどういうわけかレベルゲージが安定しないそうなので
黙って規定量のオイルを投入。多少溢れても入れているのは規定量なので問題ないはずです。
交換が完了してエンジン始動。
エンジンの音が少し静かになったかな?
元から静かなほうなので気持ち程度ですが。
というか実はこのオイル交換をしていた時は
バイトに行く直前のことで、文章に起こして書くと凄く余裕たっぷりで
作業に当たっているような印象を受けますが実際は
「ヤバイヤバイ…今何時だ…ヤベェ!あと10分!時間がない時間がない時間ががががあ」
みたいな感じでした。
実際、エンジン始動して音聞いて少ししたらそのまま出発したくらいです。
12月だというのに汗掻いてお店に出勤したせいで怪訝な顔をされてしまいました…。
まぁ走っていて、今の今、現在に至るまで問題なく動いているので交換において
特に失敗していたりということはなかったようです。
なんでもSRXのドライサンプ式のエンジンでは、オイルを抜き過ぎて
「エア噛み」と呼ばれる現象が起こってエンジンが駄目になってしまうということも
あるらしいので少しばかり心配だったのですが杞憂でした。
そりゃバイク屋の人でもSRXをよく知らない人が交換してエンジン駄目にした
なんて話を聞いたら心配にもなりますよ…。
さて、まだまだ時系列的には現在までは到達していないのですが
記事の量的にもそこそこなものになってきましたのでここで一旦区切ります。
後半はバイクとか興味ない人にはまるで面白くない内容になりましたが
そこは生温かい目で見てください。
バイクなんて実用性の面でみれば大きな玩具みたいなものですので。
原付や原2に比べると実用性の面で見て車に大きく劣るあたり趣味性の強いとこですね。
メイプルストーリーの初期の斬り賊と同じでマゾイです。
まぁ今の斬り賊がどうなっているか私の知るところではありませんが…。
〜バイク〜
夏→エンジンの熱気半端無い。街乗りではオーバーヒートの危険あり 冬→寒過ぎ、重厚な防寒対策が必要。エンジン冷え過ぎて最初はかかりが悪い。 ヘルメットのシールドが曇る。
積載性→荷物入れやサイドバッグ付けてもたかが知れている。 安全性→事故ったら生身が剥きだしなので簡単に愉快なオブジェになれる。 雨の日、路面凍結で簡単に転倒、アスファルトがおろし金にジョブチェンジ。
〜車〜
夏→冷房で快適。 冬→暖房で快適。 積載性→コペンみたいな2人乗り車とかじゃなきゃ軽でも十分荷物積める。 安全性→走る霊柩車と言われるほど紙装甲の軽自動車でも生身より遥かにマシ。 横転、スリップなんて滅多に起こるものじゃない。
…どう見てもマゾい…だがそれが良い!!
(※マゾヒストではありません。)
続きはコメント返信 [READ MORE...]
|

| ミソカはミソカは今年も同じネタを使ってみたり! |

新年明けましておめでとう御座います。
お久しぶりです、ornataです。
さようなら2011年、はじめまして2012年。
というわけで去年は結局夏の終わりに更新をしてから結局一度も更新することなく
2011年が終了してしまったわけですが…
「次回は続きです!」
なんて言っておいたせいでここを見に来ているごく少数の人には次回は近日中に
あるんじゃないかという思わせ振りな締め括りになってしまいました。
まぁそれに関しては申し訳ないです(汗)
べ、別に友人に更新しろ!って言われたから更新したわけじゃないんだからねっ!
ただ更新しないとわずかばかりの閲覧者に申し訳なく思っただけだから!!
なんて風化寸前のテンプレ的な台詞は置いておいて。
もう日に10人を優に下回っている閲覧数ですが、続きを書くといった以上
書かないわけにはいきません。
というわけでもう既に前回の記事の事なんかは記憶から消えかけてはいるでしょうが
しっかり続きを、本筋の話を書いていこうと思います。
まぁ近況報告はまた別にやるので今回はとにかく前回続きです。

四国一周ツーリング初日、松山で道後温泉の湯に浸り
肌寒さの残る初夏の夜を宿で越す。
二日目、松山を発ち四国最西端「佐田岬」より海を眺め
メロディーラインを走り八幡浜を経由し宇和島へ。
予定より遅れて到着した宇和島では、既に太陽は山の向こうへ落ちた後でした。

ツーリング2日目(後半)
さて、予定では日没には足摺岬付近まで移動済みであり
その足摺岬で宿を撮る予定だった友人と私の二人。
しかし迎えた日没は足摺岬で水平線に沈むものではなく
宇和島市内で山間に沈んでいくというものでした。
この辺りから私たち二人の間に湧き始めた不安…
コレ…どう考えても3日で帰れなくね?(迫真)
2泊3日というこの日程に焦りを覚え始めた私たちは旅路を急ぐべく
休憩なしのノンストップで宿毛街道をまっすぐ南下し、高知県を目指しました。
しかし夏とはいえ夜は冷えるもの。
下がり始めた気温に若干の寒気を感じつつひたすら走る、走る、走る。
落ちた日は完全に名残を失い、空には星々と共に夜の帳が下りていました。
足腰に結構な痛みを覚えながらもようやく山の中の宿毛街道を抜けて
高知県に到着しました。

地図で確認しないと正直どの辺にいるか怪しかったんですが
どうやらしっかりと高知県の宿毛(すくも)に着いていたようです。
宿毛といえば私が小学4年後半に香川県に引っ越してくる前は高知に
住んでいたのですが、その当時社会科見学だったか遠足だったかとにかく
何かしらの学校行事でこの地図にも載っている宿毛駅までやってきたことが
ありました。
そのせいか久々にやって来た宿毛の街並みを見ていると何というか…
いやぁもう本ッ当に何にも覚えてないやアッハッハッ
まぁ小学4年生の頃って言ったら約10年前にもなりますからね。
一度来た程度の街並みを覚えているはずは無く。
というわけでここではコンビニで軽くエネルギー補充をしたくらいで
特に何をするわけでもなくそそくさと出発しました。
ここから次に目指すは、先程のように簡単に忘れられるようなものではなく
言わば私という人間の人格形成の大半を担ったであろう高知県での生活の中心地。
懐かしき我が町、中村市を目指してバイクに再び跨ります。

旅の醍醐味と言えばやはり見知らぬ土地を巡るという所でしょうが
私みたいに転勤や何やで複数の土地に住んでいた経験があると旅のついでに
昔馴染んだ土地を見て回り
「あぁ、この道はあそこに通じていたよな」、「あのお店まだ営業してたの!?」
「アレ?あいつンちのあった場所がパチンコ屋に…」、「よくここで遊んでたなぁ」
なんて懐かしい気分に浸ってちょっと泣きそうになってみるっていうのも
旅の醍醐味だと思うんですよね。
それにしても当時80代後半(うろ覚え)のおばあちゃんがやっていた駄菓子屋が
今も普通に営業していたことに凄く驚きました。娘さんがいたようなので継いだのかな?
遠足の前の日には500円玉を握りしめて駄菓子を選んだものです。
…なんだかこんなこと言ってると急に老けこんでくるような気がしますね。
まだ21歳ですよ!しかも12月が誕生日なので実質20歳も同然!
人生80年設計だとすればまだまだ4分の1です。
FF9で言えばまだDisk1が終了したくらいなもんです。
ドラクエで言えばサマルトリアの王子を仲間にした、くらいの…。
まぁその話はともかく。
当時住んでいた家の付近を走ってみると思っていたほど変わっていなくて
なんというか安心したというかほっとしたというか。
変わらないものはない、みんな変わらずにはいられませんが。
やはり何もかも変ってしまう、というのはもの寂しいものです。
CLANNADの1話を思い出しつつ、現実的なお話。
今夜どこに泊まる?
時刻はこの時点で夜9時過ぎ。
そもそも正確にはどこに泊まるかではなく
泊まるかどうか?という問題になっていたのですが。
そう、この時間にこの場所。
移動したとはいっても中村市は高知市内からはまだまだ遠く離れています。
距離で言うとおそらく120km程度といったところでしょうか?
そして通る中村街道(国道56号線)は思いっきり山の中。
中村市(現在は四万十市になっているそうです)を出るか出まいか…。
時間的に切迫する中下した判断は・・・。
よし、行くか!
昔懐かしい中村を後にし、高知市を目指して夜の闇を走りだします。
…が、走り始めて2,30分ほどしたところでしょうか?
回りには何もない、井ノ岬と呼ばれる場所にある灘という地点付近で
突然の大雨。
出発前の天気予報では旅の間は快晴が続く筈だったため
荷物になる雨具は持っていませんでした。
中村に戻って宿を探すにも微妙な距離。
というか、スモーク張ってる私のヘルメットでこの悪天候だと
正直前を走る友人のバイクのテールランプくらいしか見えないほどに
視界が悪くなってしまうので正直走るのも怖い。
というか単純に雨の中走るのは転倒が怖い…。
もう…1週は断念してどこかで野宿して高知から直接香川に変えるか…?
という考えも浮かびだしましたが、どちらにせよ進まなければ道はない。
というか道はあるんですけれど。
雨に打たれて体温が奪われるのを覚悟で中村街道を走ります。
しかしこの道…まぁ道がここくらいしかないから仕方ないのかもしれませんが
大型トラックがバンバン走ってくるため正直めちゃくちゃ怖いです。
まぁこれは視界が悪いせいで恐怖感が増してるってのもありますけど…
何が一番怖いってそんな中平気で飛ばして走っていく友人。
テールランプを目印に走ってる私としては前を行く友人の姿を見失うというのは
かなり不安を煽ります。
途中見つけたコンビニで休憩をはさみます。
というかこの時点で日が変わっているため寒さに震えながら
コンビニの外にあるベンチで座ったまま仮眠。
中で合羽を購入し再び出発、雨は依然降りやまず。
相変わらず飛ばす友人。こやつ…バイクに乗ると性格が変わるんだろうか?
普段はとても大人しい彼ですが、、、こち亀の本田的なアレでしょうかねぇ。
そうしてどれくらい時間が経ったか、とにかくひたすら走り続けて
山を抜けてようやく町らしい町、須崎町?市?までやってきました。
ここまで来ると雨も止んで体もそこそこ乾いてきました。
その後また一旦山の中の道になりましたが雨も上がったことで
ペースをあげて走り続けてようやく…

高知駅に到着!!
なんか空が白みだしてると思えばなんと朝の5時wwwwwwバロリッシュwwwwww
そwwwらwwwがwっあwwっをwっうぃwwwwww
徹夜明けによくある謎のハイテンションモードに突入していました。
もう夜明けの駅で全力ではしゃぐ2人。(どちらも20歳)
竜馬の大きな写真の前で飛び跳ねる2人。(どちらも20歳)
おそらく香川からだと高知県が一番アクセスし辛いだろうというのと
私のバイト先に高知出身がいないため(愛媛、徳島出身はいる)
それらの事情を考慮しここでお土産の類を購入していくことに。
購入したお菓子(あくまで土産)をリュックにぎゅうぎゅうに詰め込んで
すっかり明るくなった高知市内をまた駆け出します。
…
…
ハッ!!
ねむい、眠い、眠たい眠たい眠たい眠たい!!!!!!!!
完全に徹夜テンションで夜通し遊んだ後に出席する学校の授業中のごとく
漫画雑誌のようなガンガンといった感じで奪われていく意識。
友人も似たような様子で、直感的にこのまま走っていると
「あ、これ事故るな」と分かったのでちょうど一先ずの目的地である
室戸岬の途中にあった「二十三士温泉」という場所で休憩を入れることに。

かなり早朝だったということもあり、殆ど貸し切りに近い状態で
湯船に浸かることが出来ました。
夜通し雨の中を走って冷え切った体に、温かい湯は正に五臓六腑に染み渡るよう。
風呂からあがってソファにもたれかかっているといつの間にか夢の中へ。
カウンターにいたお爺さんも疲れていたみたいだったから、と
ソファを占有する私と友人を邪険にせずに、寝かせてくれていたおかげで
割とぐっすり寝てしまいました。といっても2時間そこそこ、といったところですが。
眠気も覚めたところで再び室戸岬を目指して走ります。
室戸岬までの海沿いの道は、海沿いの道特有の景色の良さと走りやすさで
思っていたよりも早く、疲労を感じることもなく室戸岬へ到着しました。


ちょうど時間も昼時になってきたので近くにあった漁師さんがやってそうな店で
昼食をとることに。もちろん注文は「カツオのたたき」。
流石名物だけあって美味しいです。味付けはポン酢?くらいでしたが
ポン酢のさっぱりとした酸味とカツオのうま味が絶妙で非常に美味。
その後はおなかも膨れて軽快に海沿いの道を走り、そのまま山間の道へ。

どちらもYAMAHAのバイクですが前から見るとよく似ていますねー。
バイクに興味がない人から見たらおんなじじゃん、といわれてもおかしくないレベル。
途中で休憩を入れた場所なんですが雰囲気が非常に好みだった場所があるんですが




日和佐、という場所らしいのですが特にどこが?と言われると
非常に困るのですがなんというか雰囲気がしっくりきたというか…
なんていうか凄く良いなぁって思えるというか。
無駄にここの景色を撮影した気がします。
この道の駅では足湯なんてのもあってそこで脚部の疲れを軽く癒して
再び出発。
この辺りからは特筆することもなく軽快に走っていき

何処だよ、って思うかもしれませんが一応徳島県に入りました。
どこの道の駅だったかは忘れましたけどね☆

長い間走り続けてくれたバイク達。
残す道のりもあとちょっと!!
ちなみに私のバイクは奥側のです。スマートな車体が特徴。
そこから再び市内に向けて走っていき

若干画質が悪いですがどうにか完全に日が暮れ切る前に徳島駅へ到着。
なんだか駅の写真が多いせいで駅めぐりでもしたみたいですね(笑)
まぁ結果的にはあながち否定もできないところなのですが…。
ここいらで夕飯として徳島ラーメンを食す。
まぁ徳島ラーメン自体は香川でも食べられなくもないので特に思う所なく出発。
後はひたすら11号線を走り続けて…

香川県よ!!私は帰ってきた!!!
香川県の津田という場所までようやく帰ってきました。
ここまで来てしまえばもう見知った道なので真っすぐ走ります。
疲労から来るものか運転中にどうにも文章でも口でも説明できない
不可思議な感覚に襲われたりもしたのですが問題無く出発地点付近へ。
帰りは友人の住む大学寮の前に行き長い3日間となった四国ツーリングも終了。
お互い疲れもありましたが遣り遂げたー!!ってことで快活に挨拶を済ませて解散。

iPhoneの撮影地で、無事に四国を縁取れました!!(足摺岬は無理でしたが)
初めてのツーリングということもあり色々と苦労もありましたが
約800km?のツーリングも事故なく無事に終了。
まぁ・・・強いて言う事があるならば
四国一周するなら4日は最低でも必要だよね
旅行をするにおいて計画ってのは現実的な日程を組まないと
イケナイという点を身をもって体感しました\(^o^)/
長い間お疲れ様!愛車よ!

続きは久々のコメント返信 [READ MORE...]
|
|